Rouge10:ていきてきにけづくろいをしてあげましょう お星さまになったじいや、久しぶりのお家です。 じいやと一緒に過ごした我が家です。 思い出がいっぱいあって、安心するはずなのに。 じいや、桃は今、とても寒いんです。 陰鬱とした空気が部屋の中に流れている。発生源は連戦連勝記録をついにストップさせた日番谷冬獅郎くん。ちょっと女日照りは続いていたが、あれは振られたとは思っていません。声をかければ必ず釣れたと思っています。つまりつまり。 苦節19年、日番谷冬獅郎 初めて女に振られる。 ・・・・・・・・・とかなんとか虐めに近いナレーションから始めたものの、これ以上虐めるのはちょっと・・・な程、今の冬獅郎は見る影もなく沈んでいた。まぁ、振られたのがよりにもよって初めて本気になった相手だというのだから、当然と言えば当然なんでしょうねぇ。 部屋に閉じこもって一人になって、おまけに夜というのが尚冬獅郎を追い詰めていく。後悔とそれ以上の辛さと、少しの憤りが頭の中でとぐろを巻いているのだ。 桃に帰れと告げて、冬獅郎は部屋に閉じこもった。それでも少しだけ期待していた、桃が扉越しに冬獅郎の名を呼ぶのを。だが、願いも虚しく、扉越しに聞いたのは玄関のドアが閉まる無情な音で。慌てて部屋を飛び出して玄関に向かえば、やはり桃の靴はなかった。そしてあれから3時間、桃が帰ってくることはなかった。 「・・・だせぇ・・・」 男女の愛情はまやかしだと悟っておきながら、桃と愛し合っているなんて思い込むなんて。本当にバカだ、大バカだ。人間皆孤独、自分一番、他人を本気で愛するなんて・・・・・・・・・あると初めて気付かされたけれど想いは通じませんでした、まる。 ぐるぐると回る、後悔と辛さと憤りが回る回る。もう二度と落ちてるものは拾いません、約束します。傷心の中、それだけを決意した。 雛森が家に戻って一週間、冬獅郎の生活パターンは彼女に出会う前に戻った。夜行性なのは出会ってからも相変わらずだったけれど、止まっていた夜遊びがまた復活したのだ。夕方から明け方まで営業しているバーで冬獅郎は酒を煽る、そして店が閉まる頃に家に帰る、その繰り返し。ただ一つ違うとすれば、女遊びだけはしなくなくなったことだろうか。 桃がいた頃は常勝将軍のプライドを傷付けられそうなほど女が寄って来なかったのに、桃が離れてからまた寄って来るようになったから不思議だ。そうなれば冬獅郎はただ「ヤラセロ」と言うだけでいい。実際言った、言いましたとも。冬獅郎好みのスラリと脚が綺麗なスーツのお姉さんを伴って、バーの近くにあるやたら煌びやかなネオンの中に消えていきましたとも。だが、ものの数分で冬獅郎は中から出てきた。星を隠すように輝くネオンからたった一人で。 好みのお姉さんだった、美人で脚が綺麗で、上物だったのに。大きなベッドに二人で倒れこんで、お姉さんの赤い唇に口付けようとしたとき浮かんだのは桃だった。よりにもよって元気にゴテゴテなゴスロリな桃だった。下に組み敷くお姉さんは目を瞑ってキスを待っているというのに、冬獅郎は逆に一気に冷めてしまって。心臓はドクドクとうるさいのに、手を出す気にもなれないなんて。苦虫を噛み潰したように冬獅郎は舌打ちすると、キスを待ち望むお姉さんを置いて、そのままずらかった。最低だな、おい。 だから、冬獅郎はあれ以来ただ酒を飲むだけだ。女を引っ掛けるために夜遊びするのではない。酒を飲むために外に行くのだ。家で一人で飲むこともできず、かといって酒がなければ昼も眠れない。 「・・・疲れた・・・」 まだ暗い中、冬獅郎はマンションのオートロックを解除した。いつもは明け方まで飲んでいるのだが、それが数日続くとさすがに疲れる。帰りたくはないのに、タクシーを拾って帰って来た冬獅郎はエレベータに乗り込んで溜め息をついた。 通常なら女遊びで時間を潰しているところだ。酒と女の割合なら、女と遊んでいる時間の方が長い。それが今はできなくて、心身ともに憔悴しているなんて惨めったらない。・・・・・・・・・・・・というか、何故女遊びができないんですか。考えたくない、考えたくない、考えたくないけれどもしかして・・・・・・・・・・・・・・・不能・・・? 額に手を当てて、己の考えたことに冬獅郎は身震いをする。冒頭でもご紹介に預かりましたように、日番谷冬獅郎、御歳19歳。 19歳。 19歳。 まだまだ錆びれる歳ではございません。 ああけれど、ではどう説明するというのか。こんな疲れた身体に追い討ちをかけるような惨めな仕打ちって、どうなんですかね管理人2名(MとO)。ガタガタと震えている間に、エレベータは冬獅郎の部屋のある階に到着する。ガーと開いたドアの中からよろよろと出てきた冬獅郎は、より一層 衰弱していた。 ダメだ、もう寝よう、とおぼつかない足取りで冬獅郎はエレベータホールを出る。だが、出た途端、冬獅郎は硬直してしまった。 目に入ってきたのはいつか見たことのある光景。元気にゴテゴテ、絶滅危惧種ゴスロリ服を身に纏い、大の字で倒れている少女。言うまでもない、冬獅郎をこんな状態に追いやった元凶、雛森桃である。 「・・・・・・桃・・・」 まるで足が縫い付けられたように、冬獅郎はその場から動けない。ドクドクと早まる心臓、苦しいほどに締め付けられる。ふいに湧き上がった考えに、次の瞬間はっとして、冬獅郎は首を振った。 ダメだダメだ、考えるな、そんなわけない。『もしかしたら、帰って来たのかも』なんて、淡い期待を抱くなんて滑稽だ。どうせまた血を飲みにきただけだ。美味しい童貞くんを捕まえることができなかったから、桃は緊急避難所に駆け込んできただけに違いない。冬獅郎の血を飲んで、腹いっぱいになればまた冬獅郎の元から去っていくに違いないんだ。 ぎゅっと拳を握り締めて、冬獅郎は踏み出す。大の字の桃の横を通り抜けて、家の扉を目指す。 だが、扉に行き着く前に足が何かにぶつかった。横を見ればそこにあったのは大きな大きなトランク。普段桃が持っているような小さなバッグとは違う、鍵付きの大きなスーツケースだった。桃にばかり目が行って気付かなかったが、このトランクはなんだろう。『まさか』と思ってしまった愚かな心に、冬獅郎はまた首を振る。 期待なんてしてはいけない。いけない・・・・・・・・・・・・いけないのに。 手を伸ばす。壊れ物を扱うように華奢な身体をひっくり返せば、一週間ぶりの愛しい少女の顔が目に入って。決意を反故にするバカな自分に苦笑して、冬獅郎は桃を担ぎ上げた。 「んぅ・・・」 呻きのような小さな声が聞こえて、冬獅郎ははっと顔を上げた。ベッドに寝かせた桃がゆっくりと身体を起こして、側に椅子を持ってきて座っていた冬獅郎はその光景をただじっと見つめるのみ。心臓の音は相変わらずうるさい。ぐるぐる回る頭の中も、覚醒した彼女が何を言うのか、それだけを考えている。 ゆっくりと冬獅郎に目を向けた桃は冬獅郎の姿を視認すると、顔を輝かせて。嬉しそうに笑う姿は以前と変わらないまま。 「日番谷くん!」 名を呼ばれるのが嬉しい。笑ってくれるのが嬉しい。 でも、桃は冬獅郎を好きなわけではないのだ、きっと、たぶん、・・・間違いなく。 鍵で開かないスーツケース、見たいと思ったけれど開けることはできなかった。嫌われるのが恐くて、好かれていないのは知っていても、せめて嫌われたくないと思う自分は女々しい人間だろうな。不能かもしれないし(ガタブル)。 「・・・血・・・ほしいんだろ」 「へ?」 「少しならわけてやる。・・・・・・だから、早く狩り上手くなれ」 「え?え?」 寂しそうに笑う冬獅郎に、桃は戸惑ってしまった。何も言わない桃に冬獅郎はより悲しそうに微笑んで、襟元を肌蹴させるだけ。飲め、と言っているのだろう。桃にとって血は栄養分だから、栄養を取らないと大変なのは確かなのだけど、じいやが残してくれた非常用の血液を飲んでやり過ごしてきた。それも底をつきたわけだから血はほしい。ほしいのだけれど。 「・・・違うよ、日番谷くん」 「・・・何が違うんだよ」 「全然違うもん!あたし、日番谷くんに血をもらいにきたわけじゃな・・・・・・くはないけど、それが一番の目的じゃないよ!」 お腹がすいた、血がほしい。でも、違う。違う違う。 ここにきたのは冬獅郎に会うためだ、ここでずっと一緒に・・・。 「一緒に暮らしたいって、あたし言いにきたの。・・・あたし・・・世間知らずで、じいやが教えてくれたこと以外なんにも知らなくて。だから、この前日番谷くんが言ったこと、わからなかったけど」 泣きそうな顔で懸命に伝えてくる想い。言葉も発せず、冬獅郎はただ聞き入った。続きが聞きたい、桃の口からその言葉を。 「日番谷くんが好きです。初めて、じいやに教わらなくても自分で学べたよ・・・。日番谷くんが大好き、一番好き、じいやと並んで一番好き!」 「・・・・・・じいやと同じかよ・・・」 「ふわぁ!あと、えと、でもでもっ」 慌てる桃が可愛い。寝てても可愛い、起きていても可愛い。慌てる姿も、やることなすことすべて可愛い。 ふいに泣きそうになる。こんなとこまで女々しくなったなんて、本当に責任をとってもらわないといけないと思う。そんな勝手なことを思っている冬獅郎の目の前で、桃はまだ慌てたまま。 「ここに置いてください、あたしなんでもするから!ごはん・・・・・・・・・は焦がしちゃうけど、買い物・・・・・・・・・は間違って買ってきちゃうかもだけど、洗い物・・・・・・・・・はお皿割っちゃうかも。えと、えーと、そうだ!洗濯物!洗濯物あたし綺麗に畳めるよ、日番谷くんのきちんと畳むから・・・・・・ここに置いてください」 一息に言って荒い息をつく桃に冬獅郎は手を伸ばした。華奢な身体を力いっぱい抱きしめる。折れそうなほど細い身体、優しく抱きとめてやりたいのに、今はそれができない。 初めて好きになった人がいる。冬獅郎の腕の中で、苦しいよぅと言いながら、それでも抱きしめ返してくれる愛しい人がここにいてくれる。 零れ落ちそうになる涙を必死に堪えたのは、せめてこれ以上女々しくならないようにとのなけなしのプライドからだった。 「桃・・・」 「はい、日番谷くん」 もう俺のものだ、ずっと一緒に暮らすんだ。少し遠回りしてしまったが、終わりよければすべてよし。ていうか、これからが始まりで、どうせならイイコトしたい。 そうだ、イイコトだ!ていうか、もうこれは決行しちゃえってことじゃないですかね。桃はベッドの上、冬獅郎もベッドに片膝着いている状態で。これでやらなきゃ一生へたれの烙印押されます、絶対です、間違いありません、いざ!! 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・桃?」 「ひ!おおお怒ってる?」 「当たり前だ!なんで両思いになったのにダメなんだよ!」 ピンクのぷるんとした唇に己の唇を持っていこうとした冬獅郎は、あと数cmという近さで、お約束のように桃の手に阻まれた。なんでどして、どうなってんの!?今しがた互いの愛を確かめ合ったばかりじゃないですか、神様! 「口をくっつけると苦しくない?息できないよ」 「鼻から吸え、上手くやれ」 「無理〜〜〜っ!!」 えーん、と泣き出す桃に冬獅郎はちっと舌打ちする。舌をねっとり絡ませて、そのままダイブする予定だったのに、ここはイヤイヤながらも回りくどくいくしかなさそうだ。仕方ない、初級者編、いざ! 「・・・ふぇ?」 「・・・これなら苦しくないだろ?」 「・・・う・・・うん」 触れるだけのキス、それもすぐに離してやってるんだから苦しいとか言ったらはったおすところだ。はったおせるわけないけど。とにかく、それほど優しく壊れ物を扱うようにしてやったからか、桃は不思議そうな顔で止まっている。嫌ではないようなのでちょっとほっとしてしまった。 となれば、もう少し慣らしてやって、それから中級者、上級者編へと参りましょうか。 そんなわけで冬獅郎は仕方なく、仕方なく、桃へ触れるだけのキスを繰り返す。不思議顔だった桃も、次第にくすぐったそうに笑って。嬉しそうにされるがままの状態に、よっしゃそろそろ!と冬獅郎は桃の胸を揉み出した。おいおいおい、おまえは前回から学ばなかったのか。桃に対しては性急すぎると思うのですよ、ものすごく。 そして案の定。 「ひゃあああ!!!」 「ぐぉ!?」 お約束の金縛り。金色に目が瞬間的に変わり、胸を揉む手のまま冬獅郎は固まった。冬獅郎の手から逃れるように桃が離れると、固まった冬獅郎の格好のまぬけなこと。ちょ・・・待って、ごめんなさい俺が悪かったです、こんな格好嫌です、勘弁してください! 「桃、俺が悪かった!すまん、頼む、解いてくれ!!!」 「・・・もうしない?」 「しない」 じゃあ、と簡単に解いた桃はまだ訝しげな目を冬獅郎に向けていたが、冬獅郎のほうはどっと疲れてへたりこんだ。だが、すぐに桃を睨み上げる。 「てめぇ、好きだって言ったのは嘘だったのかよ」 「嘘じゃないよ、嘘じゃないけど。・・・だって、なんだか恐いよ」 泣きそうな桃にズキューンと心臓を射抜かれつつ、じゃあ待ちますでは後々辛いので、ここは説得を試みるのが吉だろう。一緒に暮らす以上、据え膳食わないの無理です。 「桃、あのな・・・「ああ、そう、そうよ、ここは先にお片づけから始めましょ!あたしの荷物、どこに置けばいいかなぁ!?」」 「・・・・・・・・・・・・」 わざとらしく大声で言う桃に冬獅郎は白い目だ。それを避けるように桃はスーツケースに近付いて、ガッチャガッチャ鍵を開ける。 「・・・手伝ってやる」 「いいよあたし一人で・・・」 「二人でやれば早いだろうが」 早く終わらせてやりたいこともあることだしね。ギロリと桃を睨むと、さすがに桃は萎縮する。そんな桃から取り上げて、中を開けた。どうやって収めたのかが不思議なくらい、ゴテゴテなゴスロリ服が何着も出てきてこれにはビックリしたものの、今はそんなことに驚いている場合ではない。早くこれを終わらせて、二人で天国にイこうと思うんです。後ろで慌てる桃を軽く無視して、冬獅郎はゴスロリを取り出す。なんかくまのぬいぐるみが出てきたが、今は収納方法を考えない。早く早く・・・・・・何コレ。 「・・・・・・『彼を気持ちよくさせるマル秘テクニック全集〜これで彼は君の虜だ〜』・・・?」 「あ、我が家の秘伝書!」 これがあの・・・・・・。冬獅郎はゴクリと喉を動かす。確かこれは初級編から上級編まであり、初級編だけで相当な威力を発する恐ろしき秘伝書。身体を操られているようにページを捲りだしたのは、恐いもの見たさというやつだろうか。中級編という文字が見えて、それを飛び越して上級編まで捲っていく。そして、開けた上級編。それの文字を攫って、冬獅郎はその場に突っ伏した。 「日番谷くん!?日番谷くん、大丈夫!?おーい、日番谷くーん!!」 くらくらする、天井が回る。世界は白かった、ピュアホワイトに煙っていた。桃の声がだんだん小さくなって、本来の意味で天国に逝きそうになったとき、口に降って来た温かなもの。 「・・・・・・桃?」 「えへへ、これからよろしくね、日番谷くん」 「・・・・・・・・・おう」 連れ戻してくれたのは人畜有害吸血鬼のエンジェルスマイル&キス(ただし触れるだけ)。手を伸ばして桃を抱き寄せようとし・・・・・・・・・。 「頑張って上級者編マスターしないと!あと、金縛りも精度上げれるように頑張るね」 「・・・・・・勘弁してください」 たけど、できませんでした。 とはいえ、これでひとまずハッピーエンド。冬獅郎の受難の日々は続きそうですが、人生は甘辛の方が味があると思うのですことよ? (2008年4月15日更新 / 臣) 9 / 戻る |