Rouge9:きほんてきにマイペースです お星さまになったじいや、どうしてもっと色々と教えてくれなかったのですか? 外に出てやっと気づきました、桃は世間知らずです。 どうしてこの胸は、こんなにドキドキするのでしょうか。 日番谷くんが笑うと、どうしてこんなに嬉しくなるのでしょうか。 じいや、教えて・・・・・・この気持ちの名前を教えて。 あれは何と、またもやシャツの裾を引っ張られて冬獅郎は足を止めた。スーパーの1階、食料品売り場の隣にあるフードコートの前だった。数メートル進む毎にこんな風に引っ張られるので、これではいつになったら買い物が終わるのやら見当もつかない。服やら下着やら、とりあえず桃を帰さないために必要なものを買いそろえるだけでかれこれ2時間近くかかっている。いい加減、疲れてきたところだ。それでも、まあいいかと思うあたりは惚れた弱みだろうか。 振り向くと、桃があれ、あれと何かを指差している。いつもならイラついてとっくに怒鳴りつけているところだが、こんな好奇心旺盛なところも可愛いと思ってしまうのだからどうしようもない。 「何だ?」 「あれだよ、あれ。あの丸いの!」 冬獅郎のセーターとジーンズの袖と裾をぐりぐりに折って着ている桃が指さした先には、直径50センチはありそうな巨大タコヤキのオブジェがあった。よく見れば何てことはない、たこ焼き屋の看板だ。大タコヤキが乗っている円柱状の看板には、『大タコのたこ吉』と赤い字で書かれている。 「たこ焼きだ、食ったことねえのか?」 「たこ・・・やき?」 きょとんと聞き返したところを見ると、食べたことどころか見たこともないのだろう。冬獅郎はちょっと待ってろと桃に言い置くと、たこ焼きを一皿買ってきてほいっと渡した。 「熱いから、気をつけて食べろよ。」 フードコートの一席を確保して座ると桃は、早速うれしそうにたこ焼きにかぶりついた。熱いから気をつけろという冬獅郎の注意を素直に聞いて、はふはふと息を吹きかけながら食べているのを冬獅郎は見つめる。 (まあ、なんつーか、何やっても可愛いよな、こいつ。) 寝てても可愛いし、起きてても可愛い。食べてるのも可愛いし、洗濯物を畳んでいるのでさえ可愛い。日番谷くん、日番谷くんとちょこちょこついて来るのが堪らなく可愛い。これでやらせてくれれば言うことなしなのだが、そうは問屋が卸さないから人生うまくいかない。 「おいしぃ〜!これ、たこ焼きって言うの?」 「そうだ、関西の食いもんだな。お好み焼きってのもあるぞ。」 「おこのみやき?」 「やっぱ、食ったことねえのか?じゃあ、お好み焼きの材料を買って帰るか。」 「ホント!?やった〜!!」 ばんざーいと両手をあげる桃に、冬獅郎は苦笑いした。そしてすぐに、キャベツと小麦粉と卵と豚肉となんて、頭の中に買うものを並べてみたりする。2年前に母親を亡くしてからは自分のためだけに料理の腕をふるう気にはどうしてもなれずに、せっかく最新の機能が備わった高級マンションのキッチンは埃がかぶっていた。けれど、桃と一緒に暮らすようになってからは冬獅郎は日に3度、キッチンに立つようになったのだ。 吸血鬼なだけあって桃は、夜が明けてから眠って夕方近くになって起きて来る。それは毎日夜遊びしていた冬獅郎の生活パターンと妙に一致して、健康な生活とは言い難いがこうしてふたり仲良く暮らしている。いや、健康的と言っていいのかもしれない。とにかく、酒を飲まなくなった。風呂あがりにビールくらい飲むが、その程度になった。そして、ちゃんと食事を取るようになった。血以外は栄養にならないと言いつつも桃は、何を作ってやってもよろこんで美味しそうに食べる。だからつられて、冬獅郎もちゃんと食べるようになった。 「日番谷くんは、食べないの?」 「俺はいいから、お前が食えって。」 「おいしいのにぃ。」 「美味いんだったら、お前が食え。」 お前が食べてるのを見ていたいから、とは照れくさいから言わない。 それにしても、最近のスーパーは遅くまで営業しててくれて助かる。もうすでに夜の9時近いのだが、結構な客足で繁盛しているようだ。 たこ焼きをペロリとたいらげて、御馳走様でしたと桃が両手を合わせてから冬獅郎は立ち上がった。このちっこい体のどこに入って行くのかと思うが、桃は呆れるほどよく食べる。食料品売り場に行き、カゴに食材を適当に放り込んでいくと桃は嬉しそうにカゴを覗き込んでいる。新発売のチョコレートが山積みされている前で足を止めるからひとつ取ってカゴに入れたら、これがまたとろけそうな顔で笑う。 なんだか信じられない、スーパーでカートを押している自分に一番驚いているのは冬獅郎自身だ。いつもなら今頃は、どこぞの洒落たショットバーあたりで飲んでいる時間だ。それなのに、今はこうして近所のスーパーでキャベツなんて選んでいる。本当に、どうしてしまったのだろうか。 酒が食事代わりで、女がデザートだった毎日がたったひとりの少女の出現でこんなに変ってしまうものだったのか。桃が吸血鬼だということだって、ひどく些細なことのように思えるから不思議だ。 桃は桃だ、ちょっと吸血鬼だけど桃は桃。80歳だけど、桃は桃。というか、歳のことは忘れる方向でひとつよろしく。 たこ焼きで喜び、お好み焼きでバンザイして、100円チョコでとびきりの笑顔を見せるのが桃だ。可愛いと、思わずにはいられない。高価なバックを贈っても、ありがとうと口先だけの礼を言って受け取る今までつき合ってきた女たちとは、桃は根本的に違うのだ。いや、安上がりだと言っている訳ではなく。というか、これじゃ餌付けじゃんとか言いっこなしで。 買ったものを袋に詰めて、持ち上げてみると結構な重さだった。車で来ればよかったと思いつつも、ふたりで歩いて帰る夜道もなかなかいいものなので良しとする。桃には衣料が入っている軽い袋だけ持たせて、重い食材は冬獅郎が両手にさげて歩き出した。 「日番谷くん、あれは何?人が並んでる。」 「ああ、宝くじ売り場だな。」 「たからくじ?」 「ああ・・・・・・宝くじを説明すんのは難しいな、家に帰ってから教えてやる。」 「うん!」 スーパーを出て、夜道を歩きだしても桃の「あれ何」は、止まらない。これでは、3歳児を連れているようなものだ。きょろきょろと、物珍しそうに桃は夜の街を眺めている。このあたりは買い物にもう何度も来たことがあるのだからいい加減珍しくないだろうと思うのだけれど、それでも桃の好奇心は尽きないらしい。あの溢れんばかりの好奇心の欠片でもエッチな方向に向いてくれたらいいのにと冬獅郎は心の底から思うが、3歳児にそれを求めるのは無理な話だろうか。というか、3歳じゃなくて80歳なんですけど。 もう冬獅郎の覚悟は決まっている、桃を恋人にする覚悟だ。というか、何がなんでも帰したくないんだから、覚悟を決めるしかない。吸血鬼だろうが80歳だろうが、桃は桃。可愛いものは、可愛い。 桃はことあるごとに家に帰ると言うけれど、冬獅郎は今のところ何とか阻止していた。自分の血を餌にしているあたりが情けないが、とりあえず阻止している。というか、これじゃ本当に餌付け・・・・・・アカン、深く考えたらアカンのや!(何故にいきなり関西弁か) 冬獅郎はいつの間にか、このままずっと桃と一緒に暮らして行けたらいいと思うようになっていた。桃は頭に超がつくほどの奥手だが、今まで本気の恋愛をしてこなかった冬獅郎だって根は至って純情なのだ。思い込んだら試練の道を・・・じゃなくて、思い込んだらまっしぐらなところがある。 「・・・・・・・・・。」 冬獅郎は、自分の隣をのほほんと歩いている桃の頭のてっぺんを半眼で見下ろした。このお気楽吸血鬼は冬獅郎の夜ごとの葛藤も知らずに嫌になるほどマイペースだ。大体、なんでこんなのにあんな技を伝授したんだ、じいや。金縛りって、何?あれさえなければもうとっくに押し倒してるのに、最初はまあ少しは痛いかもだけど、すぐに気持ち良くしてやるのに。 もう冬獅郎の覚悟は決まっている、桃を恋人にする。このまま一緒に暮らして行くつもりだし、一緒に暮らすからにはいつまでも清い関係のままではいられない。というか、冬獅郎が無理。もう無理、かなり無理。 (金縛りの技を伝授する暇があったら性教育もしとけよ、じいや・・・・・・。) 今からでも遅くない、あの好奇心の一欠片だけでもエッチ方向に向かないだろうか。この吸血鬼娘は無防備に冬獅郎にまとわりついて来る癖に、きっと今夜もキスひとつ許してはくれないのだろう。 「日番谷くん、あのお店は何?」 「あー?」 思わずこぼれてしまった溜息と共に気の抜けた返事をすると、次に桃が指さしていたのは、壁という壁全部にベタベタと映画のポスターを張り付けているレンタルビデオショップだった。何とか言う新人アイドルが、初主演映画のタイトルと一緒に微笑んでいる。カメラを下から見上げてるアングルだから胸の谷間が僅かに見えていて、女日照りがちょっともう洒落にならない長さになりつつある冬獅郎としては何やら下の方が悶々と・・・・・・いやいやいや、可愛い彼女が隣にいるのに他の女見てそんなことあるハズないですけどねっ! 「・・・・・・そういやお前、テレビもまともに見たことねえんだったか。」 「テレビ?昨日見たよ。」 「そりゃ、うちに来てからは見てっけど、これまでは見たことなかったんだよな?」 「うん、おうちにはなかったもん。」 今時、テレビのない家なんてあり得るのか?いや、吸血鬼という存在自体があり得ないのだから、テレビがないくらいは驚くに値しない。それはそれでいいが、もしかして桃のこの無知さはそのあたりが原因なのではないだろうか。なんせ、カップ麺もたこ焼きも知らない80歳だ。今までの80年間、一体何をしてたんだと思うが、棺桶の中で寝てましたとか言われたら恐いから聞きたくないかも。 じゃなくて!普通、テレビを見て育てばそれなりに一般的な知識は自然と身について来る。特に恋愛方面は、テレビから学ぶことが多いだろう。なんせ人気のテレビドラマは大抵、恋愛物だ。キスシーンもあれば、濡れ場だってちょくちょく出て来る。アダルト物でなくとも、裸で絡むシーンくらいは普通にあるのだから・・・・・・ん? 「そうか、AVか。」 「え、何?」 「・・・・・・・・・。」 何の邪気もなくのほのほほ〜んと自分を見上げている桃を、冬獅郎はまじまじと見つめた。きらきらと輝く大きな目には好奇心が満ちている。初エッチの切欠のナンバー1は好奇心だと、雑誌か何かで読まなかっただろうか?男は勿論だけど女の子たちもまた、好奇心から大人の扉をノックするのだ。 桃は、はっきりきっぱり好奇心旺盛だ。これだけ、あれ何これ何と訊きまくるくらいだから、そこらの女どもなんて目じゃないくらい好奇心旺盛な筈だ。ということは・・・・・・。 「DVD、借りて帰るか?」 「でぃーぶいでぃー?」 「そうだ、ここはDVDを貸してくれる店なんだよ。まだビデオもあるけど、もう主流はDVDだな。」 「びでお?」 「ああ、何か映画とか借りるか。」 ついでにオトナの教科書も借りる、とは言わない。 桃には、性知識そのものがないのだ。それはもう、呆れ果てるほどきれいさっぱりない。まあ、桃はじいやに育てられたらしいから、男であるじいやが性教育を避けた気持ちはわからないでもない。これがばあやだったら良かったんだけどね、そういう問題でもないけど。 つまり桃は、性に関することをまるで知らないから好奇心を持ちようがないのだ。だったら、知ったら興味をもつだろう。これだけ好奇心の塊のような桃なのだから、多分きっと絶対、確実にしてみたいと言い出すハズ! 桃がわからないなりに選んだ数枚のDVDの中に、冬獅郎はアダルト物をこっそりと紛れ込ませた。ちなみに、タイトなスーツを着た社長秘書がすんなり伸びた生足を曝しているパッケージのを選んだのは無意識です、はい。 「帰って、これ見ようぜ。」 「お好み焼きは?」 「お前、ついさっきたこ焼き食ってなかったか?」 「お好み焼き〜、お好み焼き〜。」 「わかった、お好み食いながらDVD見よう。」 「わ〜い!」 無邪気にバンザイする桃に、冬獅郎はニヤリと笑った。今夜こそ、お前は俺のものになるんだぜベイビーと思ったかどうかは置いといて。 それから約1時間後、冬獅郎が見事な早業で作ってやったお好み焼きを桃がわ〜いと食べだしてから、冬獅郎はごくごくさり気なく借りて来たDVDをプレイヤーにセットした。もぐもぐと口を動かしながら、桃は何が映し出されるのかと興味津津の目で画面を見ていた。50インチハイビジョンテレビの大画面にで〜んと、銀縁の細身なメガネをかけて髪を後ろで引っ詰めにしている、どちらかと言うとダサ目のお姉さんが現れる。どうやら、いつもは真面目で堅物な社長秘書があられもなく乱れるという趣向らしい。メガネを取ったら美人という、典型的なパターンだろう。 はっきり言って、かなり冬獅郎好みのお姉さんです。スーツの上からでもわかるスレンダーなボディ、それに何といってもあの形のいい足。思わず冬獅郎は、桃に性知識を叩き込むという当初の目的を忘れて画面を食い入るように見てしまった。だってねぇ、女日照りが長いんですよ。許してやってください?(誰に言ってる) 「これ、映画?」 「そうそう。」 「ふ〜ん・・・・・・。」 桃の質問に適当な大嘘で答えておいてから、冬獅郎はテレビから目を離さない。夜の秘書室でひとり残業しているお姉さんのところに、社長らしい若い男がやって来た。立ち上がって頭をさげるお姉さんに、男の手が伸びる。 「ねえ、日番谷くん。これ、何ていう映画?」 「ヒミツの秘書室〜社長秘書の危険な残業。」 「・・・・・・・・・ふ〜ん。」 アダルトビデオというものは、ほとんどストーリーらしきストーリーはない。社長と秘書なんて設定があるだけでもましな方で、セリフもなくいきなりナニが始まった。 「ね、日番谷くん。これって・・・・・・ねえ、日番谷くんってば!聞いてる?」 もちろん、聞いちゃいませんのです。 最初はスーツの上からお姉さんの胸をまさぐっていた手が、ブラウスのボタンを外して中に侵入を開始した。冬獅郎はもう釘付けです、童貞クンじゃないんだからそんなにガン見してどうする。この男、本当に遊び慣れてるのか? 「・・・・・・えっとぉ。」 桃は、テレビ画面とそれに見入っている冬獅郎を交互に見た。手に持ったままの皿の上では、せっかくのお好み焼きが冷めつつある。やがて、女の甘い声が漏れはじめた・・・・・・これ以上AVの内容を描写すると表に置けなくなるので、あとは想像にお任せします?(だから、誰に言ってる) 40分ほどの短いDVDをしっかり見終わってから、冬獅郎はやっと我に返った。慌てて隣を見ると、桃がまだ食べかけのお好み焼きが乗った皿を持ったままで硬直している。目の前で手をひらひらと振ってみたが、桃の眼球は動かない。どうやら、かなりのカルチャーショックを受けてしまったらしい。冬獅郎は桃の手から皿を取ると、それをガラステーブルの上に置いた。 「・・・・・・桃?」 桃桃、お〜い桃と何度か呼んでいるうちに、桃の目に光が戻って来た。覗き込んでいる冬獅郎と目が合うと、何故かへへへと笑って見せる。 「桃、気がついたか?」 いや、別に気を失ってた訳じゃないけどね。だけど桃は、冬獅郎の問いかけにこっくりと頷いた。それからはたと自分の手を見て、お好み焼き〜と叫んだ。 「もう冷めちまったぞ?」 「あ〜ん!」 「あああ、泣くな!今、温めてやっから。」 「お好み焼き〜、お好み焼き〜。」 何なんだろう、この食い意地は・・・・・・と、思いつつも、冬獅郎は桃の食べかけのお好み焼きを持ってキッチンに行き、ラップをかけてレンジに突っ込んだ。 「・・・・・・・・・。」 レンジの中でぐるぐると回っているお好み焼きを見ながら、冬獅郎は「はて?」と首を傾げた。この展開は、微妙におかしくないだろうか。というか、先ほどの素晴らしい芸術映像のおかげで下の方がかなり元気になっているのに、何で冬獅郎はお好み焼きなんて温めてるんでしょうね? AVを見せて、かなり無理矢理ではあるけれどなんとかそっち方面の知識を桃にたたき込んだ訳だから、その続きがお好み焼きでいい筈がない。ここはひとつ、このままベッドインが正しいのではないだろうか。好奇心の塊のような桃の知識欲を満足させるという意味でも、ここは速攻でスッキリ・・・じゃなくて、てっとり早くふたりの愛を確かめ合いたい。 チンッと、軽い電子音と共に温めが終了したが、お好み焼きはレンジの中にそのまま放置して冬獅郎はリビングに駆け戻った。そして、床に直接置くタイプのローソファーにちょこんと座っていた桃をいきなり押し倒す。 「ひ、日番谷くん!?なになになに、どうしたの!?」 「単刀直入に言う、俺はお前とあんなことをしたい。」 「あんなことって、どんなこと?」 「さっきの映画みたいなこと。」 「さっきの映画って・・・・・・えええええ〜っ!?」 映画じゃなくてAVだけどね!なんてことはどうでもいいけど、それじゃあまりに単刀直入過ぎるだろ、冬獅郎よ・・・・・・なまじ見てくれがいいだけに、冬獅郎は今までまともに女を口説いたことがない。正に単刀直入に「ヤラセロ」と言うだけで、どんな女もコロコロと落ちたのだ。だけど、桃が今まで冬獅郎が遊んで来た女たちとはまるで違うのだということを、冬獅郎はわかっているようでいまひとつわかっていない。 「さっきのって、男の人が女の人と何かしてた、あれ!?」 「まさに、それ。」 「って、えええ〜?あれって、あれって何!?」 「あれはな、男と女の愛の儀式だ。」 「あい?」 「そうそう。」 冬獅郎、よくそんな適当なことを言えるな・・・・・・とにかく問答無用とばかりに冬獅郎は、桃の着ていたものを脱がしにかかった。桃の方はと言えば、何が何やら訳がわからずぱくぱくと口を開けたり閉めたりしていたりして。 「ちょ、ちょっと待って!日番谷くん、愛って何よ?」 「愛は愛だろ、そんなんも知らねえのかよ。」 「愛は知ってます、愛情の愛だよね?だから、どうしてここに愛が出て来るの!」 「何言ってんだよ、愛し合ってるんだから当たり前だろうが。」 「愛し合ってるって、誰と誰が?」 「俺とお前。」 「はいぃ〜?」 そうこうしている間にも桃のセーターはまくりあげられ、ピンクの下着が露わになった。胸に伸びてきた冬獅郎の手から桃は、体をひねって何とか逃れる。 「何よ、それ!訳わかんないよ。」 「何がわからねえんだよ、単純明快だろうが。」 「あたしと日番谷くんが愛し合ってるって、何っ!?」 「愛し合ってるから、一緒に暮らしてんだろうが。」 「それは、日番谷くんが帰らせてくれないだけでしょーっ!!」 「うるせえ。とにかく、俺はお前に惚れてるし、お前が欲しい、以上。」 「以上って、以上ってぇ!?」 這って逃げようとするが、冬獅郎にがっちりと押さえ込まれていて身動きが取れない。こうなったら吸血鬼の特殊技能・金縛りを使うしかないと桃がキッと冬獅郎を睨むと、桃が顔をあげたのをいいことに冬獅郎はその唇を奪った。二度目のキスに桃が目を白黒させたが、冬獅郎は容赦なく舌を差し込む。 「ん、ん、んんん〜!!」 息が出来なくて、苦しくて、桃の目に涙が浮かんだ。だけど夢中で桃の唇を貪っていた冬獅郎は、なかなかその涙に気付かなかった。キッチンでは、無視されたままのレンジがピッピッと何度も鳴っていた。 「や、やだぁ〜。」 ようやく冬獅郎が唇を離した時、桃の顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。やっと桃が泣いていることに気付いた冬獅郎が、信じられない面持ちで呆然と組み敷いた桃を見下ろす。 「・・・・・・んで、泣いてんだよ?」 「イヤ、こんなの嫌だよ。」 「なんで・・・何で嫌なんだよ。」 「だって、こんなのヘンだもん。」 「だから、何が変なんだよ?」 だってヘンだもんと繰り返して、桃は両腕で自分の目を覆った。それは、そのまま冬獅郎の想いを拒絶されたように見えて、冬獅郎はゆっくりと体を起こした。 「・・・・・・桃。」 「イヤ。」 「・・・・・・・・・。」 ふっと短く息を吐いてから、冬獅郎は立ち上がった。そしてそのままキッチンに行き、まだピッピッと鳴っていたレンジからお好み焼きを出した。ラップをはぐと、湯気があがる。それを持ってリビングに戻ると、ローソファーの上で膝を抱えていた桃が強張った顔でビクッと振り向く。冬獅郎は桃の前にお好み焼きの皿を置いて、これ食ったら帰れと静かな声で言った。 「・・・・・・・・・え?」 「だから、これ食ったら帰れ。帰りたかったんだろ?悪いけど、送ってやれない。ひとりで帰ってくれ。」 それだけ言うと冬獅郎は、もう桃を見ずにそのまま奥の寝室にしている部屋に行ってしまった。バタンと音がして、桃が見つめている先でドアが閉まった。 (2008年3月19日更新 / まりり) 8 / 10 戻る |