Rouge8:かいぬしのへんかにびんかんです お星さまになったじいや、桃はいけない子です。 じいやと一緒に過ごしたお家じゃなくて、日番谷くんのお家で過ごしています。 帰ろうと思っても日番谷くんは帰してくれないし、どうしてでしょうか、 桃も日番谷くんの隣だとなんだか安心するんです。 ごめんなさい、じいや。お家に帰らなくてごめんなさい。 あれから三日、冬獅郎はずっと桃を家に引き止めている。帰ろうとする桃を血を餌にして止めているのだ、なんとも情けない話だと思う。 帰してしまえばすべて解決とちゃんと気付きはしたものの、帰せなかった。ここにいてほしいという想いが勝ってしまった。 ていうか、なんでよりにもよって彼女なんでしょうか。 冬獅郎の大きいパジャマを着た桃が可愛い。「ふんふん♪」と鼻歌を歌いながら洗濯物を折りたたんでいる桃が可愛い。最初の頃より上手くなったたたみ方に満足気な顔をしている桃が可愛い。たたみ終えた洗濯物を見てにぱーと笑う桃が可愛すぎますから!! やはり無駄に大きい四人がけの食卓テーブルに顔を突っ伏しながら、冬獅郎は身悶える。 (・・・ごめん、母さん・・・) よろよろと顔をあげ、カーテンの隙間から覗く闇夜を見つめ、心中で呟いた。 本当にごめんなさい、親不孝でごめんなさい、たぶんきっと間違いなくあなたの息子はこの化物が好きです。 夜遊びをしていた頃の方がまだ親孝行だったんじゃないかと思う。だってよりによって化物だ。それとも、愛があれば性別なんて歳の差なんてというのと同じで、愛があれば種族なんてというあの法則が当てはまるだろうか。当てはまりそうだ、愛情深かったあの母ならば。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 まぁ、もちろん。まだ一方通行な感じは否めないけれど。うわ〜、言ってて泣きそう。 冬獅郎は再びテーブルに顔を突っ伏す。 そんな冬獅郎に桃はとことこ近付いていく、顔を伏せた彼をつんつんと突いているのは起きているかどうかの確認だろうか。そろりと顔を上げれば起きていたことに喜び、これまたにぱっと微笑むからたまらなくなった。 (襲いてぇ・・・) 襲いたい可愛い襲いたい可愛い襲いたい可愛い(エンドレス) それを必死に耐えるのは、もう金縛りなどごめんだからだ。 「大丈夫ですか、日番谷くん?どこか痛いの?大丈夫?」 なでなでと冬獅郎の頭を撫でてくれる桃が愛しい。帰ってほしくない。 ああ、そうだ。金縛りより何より、桃が帰ってしまうのが嫌なのだ。ここにいてほしい、側に居て笑っていてほしい。・・・・・・ついでに脚も時々見せてくれないかな〜なんて。シリアスムード台無しですか、そうですか。すみません、何しろコメディなんで。 「・・・ホントに大丈夫?日番谷くん」 「・・・・・・ああ・・・」 撫でる彼女の手はあまりに気持ちがいい、このままでいたいと思うけれど、身体は熱くなって。自制がきかなくなっては終わりだ。 三日前はなんとも屈辱的な方法でそれを鎮めた。プライドをいたく傷付けるあの行為は二度とやりたくない。というか、言っていいだろうか。おまえがほしいと。 金縛りだろうか、帰ってしまうだろうか、やっぱり怒るだろうな、こんなにほしいのに。 常勝将軍の名前は返上したつもりはない。だから、当てはまってほしい、この目の前の少女にも。 ていうか、実際にどうなんだろう。桃にとって冬獅郎は一体どういう存在なのか。 餌・・・・・・なんてそれはちょっと・・・うん、それはちょっと悲しすぎるだろう。 たぶんきっともしかしたら男として意識されているかもしれない。いや、桃はそっち方面はからきしだから本人は無自覚だろうけど、童貞君を漁りに行ったときに流した涙とか、こうしてくだけた話し方になったとことか。 とにかく、ほんのちょびっとくらい特別になった・・・・・・・・・・・・気がする・・・ような気がする。たぶん。 未だ撫でる手をそっと掴んで、冬獅郎は頭を上げた。じっと桃を見つめる。 「・・・・・・日番谷くん・・・?」 冬獅郎の今までの経験なら、こうして相手を見つめれば3秒で相手は落ちた。3秒はいいすぎだろうと思うかもしれないが、平均3秒 最長10秒は真実だ。 冬獅郎は母の美貌を完璧に受け継いでいる。芸能プロダクションの名刺を持ったおっさんに追いかけられたこと(以下略:3話参照)、とにかく全戦全勝、落ちないことなんてなかった。こうして相手を見つめれば・・・・・・。 「・・・・・・・・・だよな」 「・・・はぁ」 1分経過しても顔色一つ変えない桃に、冬獅郎はガックリ項垂れた。 わかってます、今までの相手は人でしたもんね。少なくとも性知識もそれなりにあった人たちですもんね。恋のこの字を知ってる人たちでしたもんね。桃じゃ無理ですよね。バカなことしてすみません。 当の桃は目をパチクリさせるだけで、やっぱり意味はわかっていない。わかることと言えば、先ほどから冬獅郎が顔を突っ伏す、上げる、の往復運動を繰り返しているということだけで。 だが、わからないながらも何かを言いたいということだけはわかる。 きっと彼は桃に何か申したいのだろう。困った顔・・・眉間の皺も相変わらずで強面ではあるのだけれど、これは困った顔だ。わからない、けれど知りたい。 (・・・じいや・・・教えてください) この気持ちはなんですか? じっと見つめるのはそれが知りたくて。けれど桃にはわからない、わからないから見つめる。じいやがいない今、桃に教えてくれる人は目の前の彼だけだったから。 突っ伏したまま桃を見上げてくる冬獅郎の口が動く。 「・・・・・・・・・桃・・・・・・・・・」 知らない。 こんな声は知らない。 今、自分がどういう顔をしているかも知らない。 何故、心臓が跳ねるのかも知らない。 痛いほど脈打つ心臓の訴える意味も、桃は一つも知らなかった。 教えてくれる存在はこの世を去ってしまった。もう、教えてくれるのは目の前の彼だけ。 尋ねてもいいだろうか。尋ねて、この痛みを聞いてもいいだろうか。教えてくれるかな、また迷惑だと言われるのかな。帰れと言われるかな。 そう考えて浮かんだ涙。ポロポロ零れて止まらなくなるそれを、冬獅郎は驚いた顔で見つめた。とっさに手が伸びる。流れる涙を拭って、何かを考える前に抱き寄せた。 「・・・・・・大丈夫だ、心配するな」 ていうか、何を言っているんだ俺、と冬獅郎は思わずツッコミを入れてしまう。 何故彼女が泣き出したのか、冬獅郎にはさっぱりわからないのに、気がついたら口をついていた言葉。先ほどとは反対に、冬獅郎が桃の頭を撫でる。 優しい手の動きに涙の量は一層増え、桃はぎゅっと冬獅郎の衣服を掴んだ。 「・・・本気で泣いちゃダメなの・・・。じいやと約束したの、もし泣いても・・・す・・・すぐに笑うって・・・」 「・・・・・・桃・・・?」 服を握る力が強まったのを感じる。 顔は見えない。けれどしゃくりあげる声と震える身体だけは痛いほどよくわかった。 「・・・なのに・・・あたし、この前もごはんの時泣いて・・・笑えなくて、今も・・・。ダメなのに、じいやと約束したのにっ・・・。笑えない・・・笑えないよ、日番谷くんっ・・・」 「・・・・・・っ・・・」 ぅく、と必死で泣き止もうとして、けれど空回りしている桃があまりに痛々しくて。冬獅郎はより強く掻き抱いた。 「・・・心配すんな。俺が笑わせてやる。だから、ここで暮らせ」 「・・・日番谷くん?」 「おまえが泣いたら俺が笑わせてやる。餌もやる、世間に疎いおまえに色々教えてやる、笑わせてやる。・・・・・・俺が・・・じいやとの約束を果たさせてやるから」 響く、優しい声。 桃はそっと服を放し、顔を上げた。涙でぼやけた視界では彼の表情がちっともわからなくて、ごしごしと目をこすって。 見えた彼の切なげであまりに優しい表情に、自然と零れた笑顔。 「・・・・・・・・・うん・・・」 にへらと笑った桃は頼りなげでマヌケな微笑みだったけれど可愛くて可愛くて可愛くて。 襲いたいとかやっぱり思うけども。 「そのまま笑ってろ」 「・・・うん。うんうん」 笑っていてほしい、コクコクと何度も頷くマヌケな表情と態度で笑っていろ、とそう願って止まない。 「・・・じいや・・・ごめんなさい。泣いてごめんなさい。お家に帰らなくてごめんなさい」 何度もごめんと繰り返す桃の表情は笑顔だ。花のような笑顔で今は亡きじいやに語りかけている。 そんな桃を見て、冬獅郎も心の中で謝った。 (親不孝で悪かったな・・・母さん・・・) 吸血鬼を好きになったことではなく、女遊びをしていたことでもなく、愛情をバカにしていたことに。 ちゃんとわかったから。きっと嬉しがってくれているだろう、冬獅郎にこんなにも愛しいと思える相手ができたことに。たとえ、相手が誰であっても。 今際の言葉は「お母さんはいつでも冬獅郎を見ているから」だったから、きっと見ていてくれているだろう。嬉しそうに笑ってくれているはずだ。 二人の笑い声が部屋に響く。決して聞こえることのなかった笑い声が、これからは部屋に満ちるのだ。 だからじいやも母さんも安心してくれ、という思いと、結局桃は俺のこと好きなんだよな?、という思いが冬獅郎の中で浮かんだけれど、それは次に回すとしましょう。 ああそれと、コメディのはずなのになガックリ、というのは誰の感想なんでしょうねぇ、ホント。 (2008年2月17日更新 / 臣) 7 / 戻る |