Rouge2:とてもきちょうで、めったにてにはいりません



   お星さまになったじいや、お空で元気にしていますか?
   聞いてください。桃は一人でご飯を食べることができました。
   親切な銀髪さんがご飯をくれたんです。
   だからじいや、どうか心配しないで。
   桃は一人でがんばっていきます。


 外から聞こえてくるガガガという音がうるさくて、冬獅郎は重い目蓋を上げた。寝転んだままいつもの数倍深く眉間に皺を刻み、ぼーっと5分。チクタク進む時計の針も気にしないまま、眉間の皺だって気にしないまま、ぼーっと、ぼーっと。

 「・・・・・・・・・だりぃ」

 はっきりいって起きる気になれない。猛烈に身体が重い。
 だが、この理由はわかっている。昨日のアレだ、アレ。今までの常識を覆す、御伽噺のような出来事のせいだ。そのことを思い出して、冬獅郎はぐるんと身体を反転させる。

 「なんだよ、吸血鬼って・・・」

脳裏に描かれるのはごてごてのゴスロリと、一応守備範囲の可愛い顔立ちながらもロリ色の強い少女の顔。思い出してもロリロリだ。ゴスロリだ。頭痛い。
 そんな頭痛に追い討ちをかけるように外から響いてくる騒音。工事でもしているのだろう、マンションの上の方にまで響いてくるほど大それた工事なのだろうか。考えを邪魔するその音に、冬獅郎はむくりと立ち上がった。
 重い身体に鞭打って窓の方に近付く。せめて風に当たりたい、どうせ閉めきっていてもうるさいのだから、開けたって同じだろう。少し風に当たって、そして今日こそ自分好みの足の綺麗なお姉さんと遊んでやる。
 はぁ、と一つ息をついて、遮光カーテンを開けた。同時に飛び込んでくる眩しい太陽。

 「・・・っ・・・」

 くらり、と途端に身体がよろめく。膝をつきそうになるのを遮光カーテンにしがみ付くことで耐えながら、再びそれを閉めた。完全に太陽の光を遮断した後、窓を背にずるずるもたれ掛かる。

 (なんだ、コレ・・・)

 たかが太陽の光が目に入ったくらいじゃないか。なのに、どうしてこんな。血か?血を抜かれたからか?あのゴスロリ少女がそれはもう大量に人の血をごくごく飲んでくれたせいか?
 けれど、そんな冬獅郎の頭に浮かぶもう一つの考え。吸血鬼に血を吸われた人間は、同じように吸血・・・・・・・・・・・。
 そこまで考え至って、冬獅郎は「げぇ!」と声を上げる。吸血鬼!?俺は吸血鬼になったのか!?と顔面蒼白になりながら、口に手を当てた。

 「・・・マジ・・・?」

 あのゴスロリ少女、雛森桃といったか、あの少女が遠慮なしに血を吸ってくれちゃったおかげで吸血鬼になってしまったのか。だって、太陽の光が眩しかった。たかが太陽、人間太陽ごときにくらくらして生きてられっか。ということは、ということなわけですか?
 浮かんだ考えに冬獅郎は必死で頭を振る。いやいやいや、これは血が足りないせいだ。きっと、そう。太陽の光に倒れそうになったのも、きっと貧血のせいなのだ。冬獅郎は怖い考えを散らそうと頭を振りまくる。
 ぶんぶん振りまくったら頭がくらり、ばたんきゅー。
 そのまま2分はそうしていただろう、それでも早く怖い考えをどうにかしたくて、冬獅郎はカーテンを引っつかむ。大丈夫、今度は覚悟ができている。はい、息を吸ってー、吐いてー、いざ!バシーンとそれもう勢いよく遮光カーテンを開けた。

 「・・・っぅ・・・!」

 バシーンと勢いよくカーテンを閉める。
 眩しかった、ものすごく。頭は先ほど以上に重くなったと言わざるを得ないほどだるい。これはやはり吸血鬼?床に寝転がって少しでもだるい身体をなんとかしようとしているのに、その考えが怖くて怖くてちっとも良くなりそうにない。冬獅郎はよろよろとよろめきながら、ベッドに舞い戻る。彼の重みで軋んだベッドの音が工事の音と共に部屋に響き渡った。

 (・・・・・・本当に吸血鬼になっちまったのか・・・?)

 枕に顔を埋めながら冬獅郎は呆然とする。やはり親切心なんて出すのではなかったのだ。例え行き倒れになっていようと、後で罪悪感に駆られようとも、所詮は他人。人間なんて最終的に頼れるのは己のみではないか。吸血鬼だけど。
 誰よりそれをわかっている身でありながらどうして、と頭を支配するのは後悔の念。バカな行動のせいで吸血鬼なんて化物になってしまったのだ。
 大体、吸血鬼なんて太陽は苦手(夜型とはいえ困る)、十字架は苦手(これはいい。クロスのアクセサリーぐらい我慢しよう)、にんにくは苦手(これはいい)、何より長寿(最悪)といいことなんてこれっぽちもない。せいぜいできることと言えば人を操れることぐらいか。吸血鬼といえば特殊能力ぐらいもっているだろう。確か、人を言いなりにさせる能力があるとかないとか。あとは媚薬効果に似た術をかけれたり。

 (・・・・・・・・・なかなか・・・)

 そこまで考えてはっとしてしまった。いかんいかんいかん。何を考えているんだ、何を。こんな能力ごときで人間様とアデューなんて馬鹿げている。
 それでも頭を回る吸血鬼の単語。時計の針だけがどんどん進んでいくのに、それから夜までずっと冬獅郎は吸血鬼という単語と重い身体と工事の騒音に苛まれていた。





 父親が与えた高級マンションは、一つの階にそれほどの世帯はない。廊下も吹き抜けになっているわけではなく、壁と壁で覆われたそこは本当に静かだった。今日もそう、それは静かだったのだ、いつもと変わりなく。そんな廊下に変わったモノが一つ。それが冬獅郎の足を止める原因だったりして。

 「・・・・・・・・・ゴスロリ少女・・・」

 数日前となんら変わらぬごてごてした洋服。色は黒、真っ黒。フリルの多さは相変わらず、頭には真紅の薔薇の髪飾り。お約束のアンブレラだって忘れない、そんなごく最近見て、それ以来冬獅郎を苦悩させる元凶が、これまた同じように大の字で彼の家の前の廊下で倒れていた。グーグー鳴っているお腹も相変わらずなんてホント涙出そう。
 ここは一つ、見なかった方向で。
 先日は見事にこの活かされるべき教訓を破り痛い目にあったのだ。もう間違わない。人間とは学ぶ生き物だ、人間じゃないかもしれないけど。
 グーグーお腹を鳴らすゴスロリ少女、もういい加減桃にしよう、の横を通り過ぎ冬獅郎は家の鍵を取り出した。こんなちっこい痩せ過ぎ少女が大の字になっただけでは廊下は塞げない。何しろ高級マンション、廊下だってすごいんだぜ!なので、横をひょい、だ。
 取り出した鍵を鍵穴にはめ、ガチャガチャ回す間も鳴り続けるお腹の音は、一体何を訴えているのか。いや、考えてはいけない。人間(じゃないかもだけど)皆孤独。愛なんてこの世にはなく、他人は所詮他人。家族だって他人、気にしてはいけない。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 グーグーがなんだ。大体、桃本人が言っていたではないか、冬獅郎の血は不味いと。不味い奴の血をくれてやってどうする、外には五萬と美味しい血を持った奴がいる。何も冬獅郎が与えてやらなくても、他の奴に頼めばいい。自分はごめんだけど、処女なんて腐るほどいるだろう、童貞だって腐るほどだ。女は無理かもしれないが、一応桃は可愛い部類に入る容姿だ。ちょっとおねだりするだけできっと血の1リットルや2リットル。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 じいやがなんだ。人間皆孤独。吸血鬼だって孤独。外を歩く無数の処女・童貞くんを狙うのだ。関係ない、関係ない、関係ない。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 くるりと身体を翻す。しゃがみこんで、よいしょと担ぐと相も変わらず軽くて、けれど冬獅郎の気分は非常に重い。
 はぁ〜、とついた溜め息を消すようにお腹が鳴り続けるから、冬獅郎はもう一度深い溜め息をついてしまった。





 「・・・・・・・・・起きたか」

 パチリと目を覚ました桃を見ながら、冬獅郎は呟いた。桃はそれに目をパチクリさせ、ついでにっこりと微笑んだ。

 「おはようございます、銀髪さん」
 「・・・・・・・・・銀髪はやめろ」

 冬獅郎の苦々しい呟きに、桃はまた目をパチクリさせる。きょとんとした表情はなんとも可愛らしい。襲う気にはなれないけど。

 「銀髪さん、お名前は?あ、私は雛森桃と・・・」
 「それは前にも聞いた。・・・・・・日番谷冬獅郎だよ」
 「よろしくお願いします、日番谷様」

 ペコリとベッドの上に正座し頭を下げる桃に、冬獅郎は呆れてしまった。なんだ、様って。

 「様はやめろ、様は」
 「様はいけませんか?」
 「ダメ」

 そこまで言うと、桃は「んー」と考え出す。それを見ながら、はっとしたのは冬獅郎のほうだ。愚かにもどうにも見捨てられず拾ってしまったが、これで最後だと桃の寝顔を見ながら決めたはず。つい今しがたの決心だ。最後であるなら『日番谷様』でもいいではないか。冬獅郎は思わず項垂れてしまう。

 「では、日番谷くん。日番谷くんでよろしいですか?」
 「・・・勝手にしてくれ・・・」
 「はい」

 ああ、突き放した言い方なのにどうしてそんなに喜ぶのか。にこにこ笑う姿は毒気などまったくなく、吸血鬼なんて化物には到底見えない。それでも、あれは夢ではない、冬獅郎の不味い血を吸った彼女はまさに吸血鬼だ。

 「・・・また腹が減ったのか?」
 「はい。日番谷くん、血をください」

 すっぱり、きっぱり。遠慮もなしに言ってくれた桃は、もう呆れなど通り越していっそ清々しい。着ていたロングのTシャツの襟元をぐいっと引っ張って、首筋に貼り付けた絆創膏を引っぺがした。そこには未だのこる赤い二つの噛み痕。
 ぱっと微笑んで嬉しそうに近付いてくる桃に、冬獅郎はぎろりと睨んでまずは制した。その目つきの鋭さに、桃はビクっと身体を震わせる。

 「いいか、雛森。俺はこの前みたいに痛いのはごめんだからな。血は少しはやる、でも痛くするな」
 「が、がんばります!」
 「あとな、少しだからな!ほんの少し、少ーしだ!」
 「はい!お腹いっぱいになったらやめます!」
 「バカか、てめぇ!」
 「ふぇぇぇ〜」

 ミイラ決定じゃねぇかと凄むと怯えた桃が泣く。端から見たらどっちが化物かわからない光景だが、冬獅郎は切羽詰っているのだ。ミイラなどごめん、同じ吸血鬼なら平気だとも思えないし。
 それでも泣きながらも近付いてくる桃に、本当にげんなりしてしまった。お人好しにも程があると自分自身で自覚していながらも、どうにも見捨てられなかったなんて、天国の母親が見ればどう思うのだろうか。あんな父親をそれでも責めなかったのだから、喜んでいるのかもしれないが、そんなバカな血はいらなかったのに。
 目が金色に変わる桃に一瞬ゾクリとするが、ふっと目を逸らす。幼い少女の顔を引っ込め、妖艶な女の顔をする、それすらあの時と変わらない。二つの牙が首筋に当たったと思えば、そのまま一気にそれを突き立てた。

 「・・・っぅ!・・・いっ・・・」
 「・・・んぅ・・・ふ・・・」

 血を啜る音が室内に響く。先日は突然の行動にそんなところまで気が回らなかったが、なんとも嫌な音だ。ず、ぴちゃ、という音の発信源は自分で、おまけにとっても痛い。

 「・・・ふ・・・ごちそうさまでした!」
 「・・・いてぇ・・・」
 「ふぇぇ、い、痛かったですか!?」
 「すっごくな!」
 「申し訳ありません。次からはもっとがんばります!」

 桃の発した言葉に、冬獅郎は「次!?」と思わず叫んでしまった。その叫び声にビックリしたらしき桃は「ふわぁ」などとこれまた呑気な声を上げる。すでに戻った藍色の目は、驚きの色を示していた。

 「次ってなんだ!もうやらねぇからな!」
 「・・・え・・・」
 「当たり前だ!俺を吸血鬼にしたくせに、三度もやるか!」

 二度も三度も変わらないとは思いつつ、これ以上やる義理はない。第一、冬獅郎自身が吸血鬼になった確率が高いのだ、彼自身が血を求めて生きていかなければいけない。処女なんて面倒な類はごめんなのに。

 「日番谷くんも吸血鬼だったんですか?」
 「元は違う。でも、おまえがこの前俺の血を吸ったことでなったんじゃない・・・の、か?」

 不思議そうな桃の顔に、もしかしたらという淡い期待が浮かんだ。そんな日番谷に桃は「ああ」と手をポンと叩く。

 「文献にそう載っていました。吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になると」
 「やっぱりか!」
 「はい。でも嘘だとじいやが言ってました」

 のほほーん、と桃は告げる。あっけにとられた冬獅郎も、次第に怒りが込み上げてきて。それが確かに態度にも出ているはずなのに、桃はにこにこにこにこ。
 
 「・・・てめぇ・・・」
 「はい?」
 「もう、絶対に血なんてやらねぇからな!」
 「ええぇ!?どうしてですか!?何か悪いことしましたか!?」

 おろおろ縋ってくる桃に「うるせぇ!」と一蹴するが、冬獅郎の怒りは収まらない。だって当然だろう。どれだけ悩んだと思っているのか、この能天気ゴスロリ吸血鬼は。
 アレ以来、冬獅郎は太陽が昇っている時間帯は外出できなくなっていたのだ。出歩くのは常に夜。元々夜型だったので困ることなどなかったが、吸血衝動もいつ襲ってくるのかと何気にビクビクしていたのだ。あと、特殊能力はいつ身につくのかと期待もしていたが、それはそれ。苦悩の方が大きかった。
 それなのに、実はちゃんと人間で、冬獅郎の勘違いなんて恥ずかしいわムカつくはでやってられない。太陽の光が眩しかったのも、夜型で久しぶりの太陽だったからということと、貧血からくるものだったなんて、ああもう!
 思い返してむしゃくしゃしている冬獅郎のすぐ間近で、桃はしゅんと項垂れている。下を向いたまま、耳でも生えていたら垂れ下がっているだろうというほど。

 「・・・もっと血が美味い奴が山ほどいるだろうが」
 「・・・最初は、女の子から血をもらおうと思ったんです。でも、あまりに怯えるからできなくて。この前も、やっぱり今日もできなかったんです」

 しゅーんとより深く項垂れる。それにチクリと痛んだ心に冬獅郎は慌てて首を振った。
 
 (ダメだダメだダメだ!人間は孤独なんだ、吸血鬼だって・・・)

 そう、この吸血鬼はまさに孤独なのだ。親がいるかいないかは知らないが、恐らくいないのだろう。何しろ、『じいや』がいなくなった途端に狩りをしなければならなくなったのだ。いたのならきっと親がしてくれるだろう。他の使用人もいないに違いない。
 親がいなくなる辛さは知っている。父親にはなんの感慨もない、支援をしてくれていることには感謝するがそれだけだ。だが、母親は違う。
 バカな女だと思っていた。あんな愚かな父親を責めず、結局は寂しく死んでいった母親を愚かだと。それでも、嫌いではなかった。ただ一人の肉親だと、そう思っていたのだ。そしてこの少女も今、あのときの自分と同じ境遇なのか。

 「・・・・・・・・・他で血を狩れるようになるまでだからな」
 「・・・・・・え・・・?」

 はぁ、と本日最大級の溜め息をついて、冬獅郎は桃を睨み付けた。

 「だから、仕方ないから俺の血を分けてやるって言ってるんだ。献血だ、献血。ボランティア!」

 自分で言って、なんとも縁遠い言葉だと呆れてしまった。他人など助けてもなんにもないのに。それでも、目の前の少女を放っておけなかったなんて、本当に嗤ってしまう。
 それでも、その言葉を聞いた桃は目を輝かせ、それは嬉しそうに笑うから、つられるように苦笑してしまった。ベッドの脇のテーブルに置いたキーケースから鍵を一つ取り出す。

 「ホラ」
 「・・・?・・・鍵、ですか?」
 「ああ、血が欲しくなったら、それ使ってここに来い。でも、毎日は無理だからな。いくらなんでも毎日じゃ干からびちまう」
 「は、はい。大丈夫です。血を吸うのは数日間に一回で大丈夫なんです」
 「あそ。あと、もう一つ。さっさと上手く血を吸えるようになれよ。痛くてかなわねぇ」

 噛まれた首筋をさすりながら言う冬獅郎に、桃はこれまた嬉しそうに頷いた。ぎゅっと鍵を握り締め、「帰ったら本を見てみます!」などと意気込んでいる。
 好みの女に渡すはずだった鍵を、好みではない少女に渡す。おまけに吸血鬼だ。貴重でめったに手に入らないものの、化物と言える存在に渡したのだ。己の奇特さに呆れるものの、まぁいいかなんて思うのはどうしてなのか。カーテンの隙間から覗くのは光輝くお月様。きっとこれから何度もこの月をこの少女と見るのだろう。





(2007年11月6日更新 / 臣)

1 / 3
戻る