Rouge4:だっそうにきをつけましょう



   お星さまになったじいや、お空でお父さまたちと会えましたか?
   じいやがお星さまになって、桃は色々なことをお勉強しました。
   日番谷くんが教えてくださるので、きっと少しかしこくなったと思います。
   だから、じいや。お父さまたちの前で胸を張っていてください。


 今年は最悪の年だった。冬獅郎は隣で眠る桃を見ながら確信する。
 近くに置いている時計を見ればすでに17時前。昨夜・・・というかもう今朝なんですが、新聞配達の音が響いてくる時間帯にベッドに入ったとはいえ、寝すぎではなかろうか。
 これというのも、すやすや気持ち良さそうに寝息をたてるこの女のせいだ。
 血を吸われたせいだろう、いつの間にか寝入ってしまっていた冬獅郎の隣を陣取る桃を睨みつける。

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ・・・・・・ていうか、どうしてごてごて服がベッド下に散らばってるんですか?

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ペロン。

 布団をめくり上げ、桃を見た。
 うむ、やっぱり胸がない。
 下着姿だからこそより強調される。断言する、コイツは貧乳だ。程々がいいとしても、もう少しあっても困らないと思うぞ。ていうか、ブラまで取るな、仮にも男の部屋で、恋人でもないんだから。
 とかいいつつ、じろじろ値踏みする冬獅郎くん、19歳。趣味は美人OL美脚観察です。
 お、鎖骨は真っ白だな!これはポイント高いぞ!!
 そして、いよいよ・・・・・・!ゴクリと唾を飲み、目線を奥へと動かす。もう少しだけ布団を捲りあげると、きっと足が見えるはず。まぁこんな痩せっぽち、期待はしないけど。
 うんうんと頷きながら、がばりと頭を下げた。

 「何をなさってるんですか?」
 「!!!」

 勢いよく頭を上げ振り向くと、そこにはパッチリ大きな黒目で見つめてくる桃の姿。
 ちょっちょっちょっ・・・ちょっと早すぎますよ!!
 後ちょっとだったのに、と内心ガックリ項垂れながら溜め息をつく。そんな冬獅郎を桃はきょとんと見つめた。

 「おはようございます。・・・えーと、私、何かしましたか?」
 「・・・別に。てか、おまえ何でここで寝てるんだよ」
 「・・・・・・だって、外は寒いです・・・」
 「だからって服脱いで寝るな。襲われても文句言えねぇぞ」

 とかなんとか言って、自分の行為を正当化したりして。
 性教育を受けていない桃は相変わらずよくわかっていない顔をしている。何も知らない純真無垢な顔。
 ・・・・・・なんていうか、ムラムラ?
 ああ、そういや10日以上もしていないんだった。
 しまった!思い出してしまった!そうすると困ったことに元気になってくるから不思議だ。いや、ナニが・・・・・・正しく変換しましょう、何がってナニがだ。
 うさぎが小首を傾げてるんだ、牙生えてるけど。でも、見たい。先ほど見逃した足が見たい。好みじゃないとわかっていても見たい、見れなかったら見たくなるのが人間というものだろう。痩せっぽちでもいい、この少女の足が見た・・・・・・・・・・・・少女?

 「少女じゃなかったな・・・・・・」
 「はい?」

 ガックリとまた項垂れ、同時に項垂れるナニ。80歳の女に突っ込むところだった、それはマズイだろう。何がマズイって、出だしが今度から『拝啓、母上殿』に変わり、母親への懺悔へと変わるまずさだ。
 マズイよな、そりゃマズイ。マズイマズイマズ、グー・・・・・・・・・・・・・・・グー?

 「・・・・・・・・・・・・腹減ったのか?」
 「・・・はい・・・」

 ていうか、この連載、腹の虫が鳴りすぎじゃね?今度から『突撃!隣の真っ赤ごはん』に題名変更ほうがいい気がする。主演、雛森桃。メインディッシュ、日番谷冬獅ろ・・・。

 「却下だ!!」
 「はい?」

 反対、断固反対、お断り!
 しかし、このままではそうなってしまう可能性もある(ねぇよ)、このままではいけない。なんとしても新たな獲物を見つけさせる必要がある。
 とはいえ、桃を見る限り、遠い話のような気がするのは気のせいだろうか。これは、冬獅郎が手助けしてやらねばいつまでたっても冬獅郎が食材の役から離れられない。お願い、リストラしてください。

 「・・・仕方ねぇな。俺が童貞男の捕まえ方教えてやるよ」
 「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」

 パアと顔を輝かせながら礼を言われるとちょっと腹がたつが、いつまでも食材でいる気はない。夢はリストラ。ついでに美人OLが働く新しい勤め先を探せばいい、これぞ一石二鳥というやつだ。
 そうと決まれば話は早いとばかりに冬獅郎は立ち上がる。手始めは彼女の服装をなんとかすること。ゴスロリでは折角の可愛い顔が活かされないからだ。
 クローゼットに近付き、服を漁る。自分の服を取り出すと、冬獅郎は「すぐに着替えろ」と告げて出て行った。





 帰宅ラッシュにひっかかったらしい。
 前に車。後ろにも車。横にだって車。二人を乗せた車は、車に囲まれながら信号待ちだ。
先ほどからのろのろとしか進まないこの渋滞をなんとかしてほしい。
 運転席で溜め息をつく冬獅郎の横で、桃はファーのヘッドドレスを装着し、外を眺めていた。窓から見える景色は進まない車のせいでたいしておもしろくはないだろう。
 それでも、桃はじーっと窓の外を眺めている。
 ・・・・・・もしや物色中なのだろうか。
 そうかもしれない。いや、絶対そうだ。すでに薄暗くなった外は、窓が鏡のようになるものだが、ほぅと惚けながら行き交う少年少女を眺めているのだ。
 あっちを眺め、こっちを眺め、その度にうっとりとした表情になっているものだから、なんとコメントすればいいのやら。
 じゅる、と聞こえてきた気がするけど気のせいですよね。
 しかし、彼女はいつもこうやって物色していたのだろうか。よだれ垂らして?

 (・・・・・・そりゃ引くわ・・・)

 ゴスロリだけではなく、これも狩りに失敗する要因だろう。ここからなんとかしなければ、冬獅郎は眉を寄せながら助手席に座る桃を見つめる。
 そんな時、後ろからクラクションが鳴る。それでも気付かず物色中の桃とは違い、冬獅郎ははっと我に返って、アクセルを踏んだ。流れに乗って車を走らせる。
 ひどい渋滞だったけれども、そろそろそれも緩和されるだろう。第一、目的地ももうすぐだ。桃に服を買ってやって、狩りをさせる。格好が普通になれば、あとはよだれをなんとかするだけだ。よだれふきふき、童貞ゲット。完璧だ。
 己の計画に自画自賛しながらよりアクセルを踏もうとした、その時。

 「止めてください!!!」
 「・・・!はぁ!?」

 あまりの大きな声に思わずビックリ。乗せていたアクセルを全開に踏んでしまった冬獅郎は、あわてて軽くブレーキを踏んでスピードを落とす。危ない危ない、おかま掘るところだった。なんといっても言葉が嫌だ。そういう問題じゃないけど。
 とにかくあと一歩で事故を起こしかけた冬獅郎は、きっと強く桃を睨み付けた。

 「危ないだろ、運転中だぞ!」
 「今!今、とてもおいしそうな方がいましたっ!!」

 こっちを見もせず、窓にへばりつくように桃が力説する。バッチリ窓に顔つけて、潰れてますよ女の子。
 カーッと頭に血が昇るのも仕方がないと思う。

 「ふざけんな!大体、その格好じゃ無理に決まってるだろ!」
 「でもでも、私の理想そのものが歩いてらっしゃるんですよ!車に乗っててもわかる、あのかぐわしい香り・・・間違いなく処女、それも上級の。五ッ星、五ッ星です!!!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 付き合ってられん。桃の言葉に耳も貸さず、冬獅郎は車を走らせる。
 大体、女かよ。無理、絶対無理。どんだけいい香りだろうと諦めなさい。
 「ああああああああっ!!!!」と叫ぶ桃の声が、狭い車内に響き渡るが、有無を言わさず車は走る。ビューンと、風を切って。

 「行っちゃう、行っちゃうぅぅっ」
 「諦めろ」

 最後通告、もしかしたら彼女にはそう聞こえたのだろうか。きっとそうなのだろう。
 なぜなら、一拍もおかず冬獅郎はゾクリとしてしまったのだから。

 「・・・・・・え・・・?」

 背筋を駆け抜ける感じ。悪寒では決してなく、これはあのときの感じに似ている。
 そう、桃が冬獅郎の血を吸うあの時の。
 助手席に目を向けると、彼女のそれと交差した。金色に輝く、月の目と。

 「・・・っ!」

 目を合わせた途端だった。
 ずんと重くなった身体。アクセルに置いていた足が、いつの間にかブレーキに乗せられ、ぎゅうっと強くそれを踏む。
 ガクンと急ブレーキがかかる車。当然後ろの車も同じように急ブレーキだ。
 だが、幸いにもぶつかることはなかったらしい。けたたましく響くクラクションの音は聞こえてくるけれども。
 あとは金縛りにあったかのように動けないから、車も道路の真ん中で止まった状態だ。二車線あるので、後ろの車は車線変更をして走って行くが、去り際に怒鳴るのは忘れない。せめて、早く横にずらさなければ。
 隣の桃を睨む。

 「・・・おい・・・っ・・・なんとかし・・・」
 「ふわぁっ、せ、成功です!」

 は?と彼女の意味不明な言葉に冬獅郎は目が点になってしまった。
 見れば横の桃は目を輝かせ、顔を上気させて感動に打ち震えているではないか。

 「わーい!わーい!!成功です、やりました!じいや、じいや。桃もついに吸血鬼の特殊能力を使えるようになりました!もうへたっぴさんは卒業です!」

 絶句するとはこういう状態をいうのだろう。狭い車内で小躍り状態の桃(助手席で飛び跳ねている)と、何も言えない冬獅郎。
 それを打ち破ったのはやはり桃の方だった。

 「わーいわー・・・は!こうしてはいられません!おいしいごはんが逃げてしまいます!!」

 そう言うや否や、桃はバシュっとシートベルトを取ってしまう。装着時は結構な時間がかかったのに、外すのは神業的な速さだ。それはバシュっと。
 そして飛び出す速さも尋常ではない。ロックを開けて、扉を開けて、ひらりと舞い降りる。しゅたたと一目散に去っていき、車内には冬獅郎一人。
 開いたドアから歩道を通る人たちが不思議そうに冬獅郎を眺めるのだ。けれど。

 「・・・あのバカゴスロリ吸血鬼!!!」

 未だ金縛りは解けていなかったのである。





 「・・・・・・ただいまです・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 あれから数分。桃は帰って来た、固まったままの冬獅郎の元に。
 しょんぼりとした顔を見ると、間違いなく狩りは失敗に終わったらしい。助手席に座り、ドアを閉める。もちろん、シートベルトも。のろのろと不器用な手つきで締めるのは、先ほどの俊敏さとは雲泥の差だ。
 準備が整った後、桃は運転席の冬獅郎に顔を向けた。

 「日番谷くん、出発しましょう」
 「・・・・・・降りろ、てめぇ」

 腹の底から搾り出したような声に、桃はビクン。そこでようやく自分のしでかしたことに気付いたのか、慌てて彼の金縛りを解除する。それもまた一発で成功したものだから、ちょっと嬉しそうな顔をしたりして。
 もっとも、それがまた腹が立つのだけど。

 「てめぇ、俺をこんな風にしておいてよくもまぁのほほんと帰ってこれるな・・・」
 「ふわぁ!ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ぺこぺこ頭を下げる桃を見ても、冬獅郎の腹の虫は収まらない。
 あれから数分、冬獅郎は行き交う人たちの好奇の目に晒されていたのだ。もちろん、道路のど真ん中だから、罵声もいっぱい飛んでくる。警察が来なかったのは不幸中の幸いだろうが、そんなことで喜べやしないのだ。
 それでもいつまでもこんな所にいるわけにもいかなくて、再び車を走らせた。

 (・・・・・・絶対に今日中になんとかしてやる!!)

 怒りを抑えに抑え、冬獅郎は車を走らせるのだった。横にしょぼんと小さくなる桃を乗せて。





 「とりあえず、これを着ろ」
 「・・・・・・はい・・・」

 目的地についた二人は、その中の一つのブティックに入った。桃に似合いそうで、なおかつ可愛らしい、そんな店。
 怒りは覚めやらないまま、冬獅郎は桃を連れて来た。桃のほうもしょぼんと小さくなったままだ。さすがに悪かったと思っているのか、冬獅郎が恐いからか。とにかく何も言わず冬獅郎の言葉に従う。
 彼女に似合いそうなミニスカート丈のワンピースを見繕うと、それを桃に手渡した。店員に連れられ試着室に入った桃の後姿を見送ったあと、冬獅郎は溜め息をつく。
 あと少しで解放される。童貞の落とし方を教えてやって、獲物を捕まえさせるだけ。それはたいして難しくないだろう。

 「きっと、すごく似合いますよあのワンピース。惚れ直すかもしれませんよ」
 「・・・・彼女じゃないんで」
 「え・・・そうなんですか・・・すみませんっ!」

 寄ってきた店員が二人をカップルと間違い、そんな発言。それは今の冬獅郎には気に障るもので。
 慌てて謝る店員を睨みつけると、その目の鋭さにビクンと反応した店員はさっと去っていった。ごゆっくりとかなんとか言って。
 大体、惚れ直すってなんだ。まだ惚れてなんかいない。ていうか、惚れることなんてないない。相手は吸血鬼、おまけに冬獅郎の好みではない。なのに。

 (・・・・・・ちょっと言い過ぎたか・・・)

 普段はハイテンションと言っていいほどの桃の小さな背中。寂しそうで、申し訳なさそうで。あれから「はい」以外の言葉を話さなかった彼女の背中が思い出される。
 はっきり言って、彼女が悪い。わかっているのに。

 (・・・くそ!)

 この心に湧き出るもやもやはなんだろう。決して自分が悪いわけではないのに、物凄く悪いことをした気になってくる。
 機嫌をとる必要なんてないけれど、後でケーキぐらいおごってやってもいいかもしれない。そう思った時、試着室のカーテンが開く。出てきた桃はやはり眉尻が下がっていた。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、そんなことより。

 「・・・・・・着ました・・・」

 絶句。ええ、本日二度目の。
 短めのワンピースの下から真っ白な足が覗いている。というか、あの足・・・。
 ていうか、なんだ。なんだなんだ。神様、あの足はなんですか?
 真っ白で、綺麗な曲線で。シミなんて当然一つもないし、お肌にハリがあるっていうんですかね、足ですけど。
 しかし、これは素晴らしい。
 衝撃だった。ディープインパクト!ディープ、大外からいっきにきた!飛んだ、ディープが飛んだ!2007年ですけど。

 「・・・・・・日番谷くん・・・?」

 固まったまま一言も発しない冬獅郎を、桃が不思議そうに見上げてくる。
 けれど、彼の視線は下。何があるのかと思って自分の足を見てみるが、何もない。

 「?」

 あのぉ、とかなんとか言いながら冬獅郎の目の前で手を振るが、彼の意識は戻ってこないらしい。
 そんなおかしな二人を、店員さんは訝しげに見ていたとか。






(2007年12月17日更新 / 臣)

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